PC・ソフトウェア関連や、旅行・留学の記録を綴った備忘録

結婚して仕事辞めて学生になった私

大学院の修士課程を卒業後、2年間民間企業でエンジニアとして働いてました。在職中に結婚し、退職後、受験、そして修士課程と同じ研究室に博士課程学生として入学。それからもう2年になります。こういうことはもっと早く書くべきだと思うのですが、こんな時期になってしまいました。ちょっと振り返るとともに、学生生活はどうかということも書こうと思います。
 
 

修士課程

修士の時はそれなりに研究はしていましたが、周りの先輩たちを見てると研究で生きていくのは無理だな、とM1の段階で悟り就活をすることを決めました。私の時は12月に就職活動が解禁し、面接開始は4月でした。なので、M1の10月くらいには就活をするかどうかを決めなければなりませんでした。私の場合は、B4からM1になった時に研究テーマを変えたため、M1の10月ではほぼ結果もなく、自然と、めっちゃ結果が出てる先輩を見てすごいなと思ったのを覚えています。そしてM1の冬はほぼ就職活動に費やし、4月に内定をもらいました。研究はそれから頑張ってやり、夏を越えたあたりからやっと結果が出始めました。結果は出ましたが、内定をもらっていたので、博士課程に進学するという選択肢はないまま、就職しました。ただ、投稿論文にもできなかったので、結局よくわからないまま終わった感はありました。
 
 

会社

会社はコンサルやシステム開発をする会社で、私はエンジニアとして入社しました。1年目は研修とかが多く、実際の案件には1年目の終わりからでした。基本のコーディングなどはある程度できるようになり、システムの設計やテスト、パートナー企業の方々のスケジュール管理などなど、してました。
 
 

進学の経緯

大学に戻ろうかなと思ったのは2年目の5月くらいだったでしょうか。4月に祖母が亡くなって、人間死ぬんだと思い、好きなことやらないとなぁと漠然と思いました。その後5月になり、博士課程の学生をやりながら仕事をしている人に不思議と連続して会いました。さらにこの頃、この会社にずっといても、これができます、っていうのがなさそうだなと思い、研究して論文書きたいなぁと思いました。そこで、戻ろうかなと。そのことを当時の彼女には酔った流れで伝えると、なぜか背中を押されたため、よし辞めよう、となりました。
 
 
院生の頃は、博士の学生は就職できないという世論を盲目的に信じていましたが、よく考えてみれば、研究室の博士の先輩方は立派に就職しました。それに、私も一回社会に出て色々な人を見たことで、博士を出た後でも最悪自分ならなんとかなりそうだと思いました。
 
 

<博士課程に戻ってよかったこと>

・論文が書けた

修論を1年がかりでまとめ上げ、やっと英語の投稿論文になりました。院生として最後に発表するのと、それを論文にするのは労力は全然違くて、論文にする大変さを感じました。でもそれとともに、知識を体系化することができ、あぁこういう研究だったんだなと改めて思いました。
 
 

・教職免許を取っている

学部生の時に教員免許を取ろうと思ったのですが、その面倒くささに負けて当時、諦めてしましました。博士課程ではできることは全部やろうと思っていたので、一から教員免許を取るためにたくさんの講義を受講しました。教育実習にも行きました。授業では博士の学生なんて自分だけだったのですが、変わり者が多い大学なので、みんな普通に相手してくれてありがたかったです。
 
 

・やっと研究分野のことがわかってきた

論文を書く中で、イントロやディスカッションをするためには大量の論文を読む必要があります。でもそのおかげでやっと自分の研究が分野全体のどの位置にあり、どういう新規性があるかやっとわかってきました。また、多くの研究会に参加するようになり、自分の研究以外の現象もだんだんとわかるようになってきました。院生で卒業した時より、ずっとこの分野の全体像がわかるようになって、それはとてもよかったと思っています。
 
 

・機会がたくさんある

博士課程で一番いいと思ったのは、やはり機会の多さです。仕事の報酬は仕事とよく言われましたが、研究でも同じだと思います。結果が出れば研究会にもいけるし、論文も書けて、論文が書ければさらにお金など取りやすくなり、国際学会などにも参加できるようになりました。また、通ればですが留学などもでき、院生時代に比べずっとチャンスが多いと思います。
 
 

・スケジュールの融通がきく

妻とどこか行こうとなったり、子どもが生まれたりして用事ができた時に、学生だったらそれほど縛りもないので、自由にやれます。
 
 
 
そのほか、重要なお金のこととかは、また次回。